【南雲の娘】 短編:重婚鎮守府 ハワイ諸島南戦域

 

「ちっ……」くしょうと言いたげに、瑞鶴が口端を鳴らした。

 軍令部より発令された友軍救援作戦。

 この北太平洋ハワイ諸島戦域に巣食っている敵戦力の無力化を謀るため、旗艦の大鳳に加え五航戦を中核とした機動部隊は、基地航空隊と連携して敵泊地と周囲の敵艦隊へ再三に渡る空襲をしかけていた。

 この海域の制圧のため敵戦力を削り、そして注意をこちらに引き付けるための陽動だ。

 輸送型のワ級などは根こそぎ撃沈せしめ敵を疲弊させ、今回の出撃では焦れて前に出てきた敵戦力を誘引し、そこを別動隊、水上打撃部隊による攻略艦隊が手薄となる拠点を強襲する作戦だ。

 全て上手くいっていた。

 後は邪魔となる敵前衛部隊を掃除して攻略艦隊を突入させた後、機動部隊は援護にあたる手筈となっていた。

 が、上手くいき過ぎてしまった。

 基地航空隊とのタイミングもバッチリ合わせた今回の空襲は、敵戦力を半壊させるまで追い込む事ができた。 敵からすれば一目でわかるその危機的状況が、却って後が無い事を即座に判断させてしまい、戦力が半減した状態からでもすぐさま反攻させる動機となってしまった。

 個体ごとの能力で言うなら圧倒的ともいえる深海棲艦。

 中でも敵拠点の親玉である中枢棲姫は、多少ダメージを負ってはいたものの依然として健在であり、半壊した味方に自棄にでもなったのか、やたらめったら暴れはじめてしまった。

 なりふり構わずの砲撃は敵側にも被害が出るほどで、照準など真面にしていない正確性を欠いた斉射のたまたまのマグレ当たり、敵からすればラッキーヒットが翔鶴を襲った。

 百回に一度あるかないか、「翔鶴ねぇならもう少し当たっちゃうかも?」などと瑞鶴は思ったが、しかしその翔鶴も十分余裕を持って回避行動をしており、普段であればこんなまぐれ当たりは在り得ないはずだった。

 

 しかし翔鶴の回避行動中、急に足元で起きた波が彼女の身体を揺り戻し、砲撃の着弾点まで追いやるという不可思議な現象に見舞われた。  上手く行き過ぎていた状況に赤城の叩き込んだ教えが警鐘をならしており、そこに慢心をせずに冷ややかに構えていた翔鶴は、起きたイレギュラーに落ち着いた対応をみせ、直撃は受けずにかすめた程度の被害でやり過ごしている。

 

「翔鶴ねぇ、いける?」

「ええ、まだまだやれるわ」

 頼もしい返事が来たが、手の付けられない暴れ方の中枢棲姫と、それを抑え込もうと前に出たこちらの巡洋艦と駆逐艦たちを阻む敵の残存前衛戦力。  隙あらば突破して、航空戦力を持つ自分達に噛み付かんばかりの敵の勢いが、瑞鶴はどうにも気に入らなかった。

 

 戦闘隊の指揮を預けた大鳳には距離を取らせており、自分達は直掩のみで第二次攻撃の機を窺っていたのだが、敵前衛の幾つかは突破してきそうな様子を見せており、状況は徐々に好機とは言えなくなってきている。

 今の段階で攻略艦隊を突入させるのは、下手な博打になりかねない。

 そしてなにより、敵拠点の遥か向こうの空で蜷局を巻いている暗雲が、いや~な雰囲気をこれでもかと醸し出している。

 何か空間に、大穴でも空いているかのような雲の吸い込まれた方。この拠点を抑えても、あの渦の真下をどうにかする必要がありそうだ。

”もしかしたら吹雪を呼んで来なければならないかもしれない。提督さんの夢に関係してなきゃいいけど……”

 自分の直感に自信があるだけに、瑞鶴に少し焦りが見え始めた――――。

 

[通信が入ってきています!]

「ダメよ大鳳。突入部隊にはもう少し待ってもらって」

[いえっ、それが……]

「瑞鶴っ、あれを見て!」

 

 延びた暗雲の影響で雲掛かるこちらの空、その雲の切れ目から、まるで猛禽類が獲物でも狩るように急降下してくる物体が、いや群れがいる。

 自軍の半壊で、暴れはじめた中枢棲姫からの被害と混乱から立ち直り、こちらに照準を合わせようとしていた戦艦水鬼改が、瞬く間に派手な爆発と足元から上がる水柱に飲み込まれてゆく。

 気づけば、海中にでも潜んでいたかのような低い高度から離脱し始める、既に雷撃を終えた攻撃機たちが見える。

 

 こんな変態機動を取る攻撃隊は、陸攻部隊じゃあ決してない、艦載機だ。しかもあんな命中精度で雷爆同時攻撃をしかけられるのは……。

 上空に戦闘機部隊が舞い始める。こちらも基地航空隊の第二派ではない。なにより赤の尾翼マークが一本と二本。

 見紛うはずもない、一航戦搭載機だ。

 

[慢心せず挑んだところ、敵を追い込み過ぎたと言う塩梅ですか。被害は軽微、上々ですよ翔鶴さん]

「赤城さん!」

[とは言うものの、風上まで取っておきながら、この体たらくはいただけませんよ五航戦]

「加賀さん!」

 

 依然と敵拠点近辺で、派手な爆発と水柱が上がっている。

 有利に事を進めた味方に対しての手痛い反攻は、後の教訓となるものの、どうにもそれが気に喰わんと、後輩、そして生徒にいっぱい喰わせた連中を二航戦が怒涛と追い込んでいる。

「二航戦のお二人は、もう始めてしまいましたか」

「早食い大食いの彼女達に、手柄が総取りされてしまいそうですね」

 

 鶴姉妹の実戦訓練の教官、一航戦と二航戦が来援した。

「どうしてここへ……?」

「提督さんが命じたの?」

 

「ガンビア・ベイさんがしきりに、『危ない、何かおかしい』と提督に進言されまして、それに阿武隈さんも思う所があったようで、提督が増援を手配されました」 「現在アイオワ、サミュエル、ジョンストンと共に、無線封鎖で後方に控えてくれています」

 

「一緒に来ているのですか!?」

「二航戦からは『朧と秋月を借りる』との言伝です。向こうには龍驤さんと榛名が一緒ですよ」

 

「提督さん、何でここまで戦力投入を……?」

「不思議に思ったのですが、吹雪さんが何やら『始まりのウロ』と妙な事を呟いてましたので、不安に駆られた提督が私達を寄こした次第ですね」

 

「さぁ赤城さん、我われも参りましょう。『大鳳、攻略部隊に突入を打電しなさい』」

[了解しました!]

 

「後は私達に任せなさい。度重なる出撃で疲労もあるでしょう」

 

「確かに不穏な気配がありますね。お二人は自艦隊を再結集して備えておいてください」

 

「前に出るんですか?」

「空母なのに?」

「まぁ元は戦艦ですからこのくらいは。とは言っても、見敵必戦は提督の望むところではりませんので弁えますよ」

「我々は常に夷険一節。多重の偵察と索敵で網を縮めて捕らえたならば、後は普段と変わりません」

 

「アウトレンジで」

「鎧袖一触よ」

 

 赤城の瞳が薄く輝きをみせ、そして嵐が吹き荒れた。

 嵐もあらし、大嵐だった。

 

 レイテで鶴姉妹が見せた、暗雲蹴散らしめる嵐の矢。

 それを二人に叩き込んだ教官様達がまかり通る。

 

 しかしこれは……、既に手遅れだ。

 だってもう、逃げる事すら叶わない。

 せいぜい運よく肉片の一欠けらが残るのを、天に祈る事しかできないだろう。

 それほどの大災害だ。

 

 後方に控えたガンビア・ベイが心と身体を震わせた、教官の枷から少し解き放たれた南雲機動部隊がおし通る。

 

 

 そこのけ  ておくれ  南雲がとおる

 獲物に飢えた  腹ペコ空母のお通りだ

 

  

 

              南雲の娘 おしまい