【創作】これ疲れてるんだなって思った瞬間

最近帰りが遅かったのですが、そこからご飯なり洗い物なりしてると、もういい時間になってたりします。

たぶん眠気や疲れがあったんでしょう。今朝、頭おかしな事書いてあったのに気が付いたので、迷いましたがそのまま載せてみます。

 

新十二です

 

相談できそうなイラストレーターさんを探している時

 先方にも都合があるのだから、なるべく早くお伺いしなくては! と色々情報ありそうな所で探しています。

 自分の制作物が男性向けになるので、(R18)でも依頼募集している方を探すのですが、そういった方は過去にもそーゆーイラストを描いてくださったりしている訳です。なので自分がしている作業が、肌色多目のムフフなイラストを漁ってる状態に近くなっていくんですね。

 段々思考が、むね!・しり!・太もも! なワッショイみたくなるんですが、そこでふと思ってしまうわけです。

 

フェチズムってすげーな

 メガネフェチですとか、脚フェチですとか、手なり指なり様々あります。

 分かりやすくおっぱいフェチで言うと、人類皆そうなんじゃねーの?とか思っちゃうんですが、~フェチ、~好き、と一括りには出来ても、実際はそこにもしっかりと 十人十色・千差万別になっていますよね。

 

 まずもう大っぱい派と小っぱい派で分岐があり、大っぱい派でもそのサイズに拘りがあるだろうと思うので、また分岐していく訳です。「ここまでいくと自分の好みより大きいな」とか、「この手に収まるサイズ感は良いけどもっとちっこくていいな」とか。挙句、「好みの大きさじゃないけど、このキャラのおっぱいは好き」とかもう大分我儘に守備範囲が広がる事が起きたりします。

 大きさ以外でも、おっぱいの頂上を目指す派と、麓で散策したい派、9合目でそこの景色を楽しみたい派など。さらには、出てくる派に出てこない派、全て剥き出し派に敢えて見えない派と、一部位だけでも際限なく枝分かれできちゃうのです。

 そんなんが各所で起きる事を考えると、フェチズムによる分岐って言うのは果てしない広がりをしていく訳です。

 

フェチって無用な争いを未然に防いでいるのは?

 考えてみてください。いや、考えなくていいのかな?

 もしこのフェチによる分岐がなかった場合、おそらく、特定のおっぱいに群がる・押し寄せる事態が発生し、それを獲得するための戦争が起きる と思うんですこのおっぱい戦争は、ある種本能に根差した “食い物の恨みは怖い” 以上の何かに至ってしまう恐れがあります。そこでは凄惨な光景が繰り広げられ、崇めるに値する素晴らしいおっぱいが、争いのために悲しみを背負う事になるのです。

 そんな苛烈な生存競争で生殺与奪の行われる世界であったなら、人類はここまで豊な精神文化を築けなかったかもしれません。おっぱいやべーな…

 しかし現在我々は、優れた先人達の教えの下、そういったおっぱい戦争でその身を散らす事なく過ごしているわけです。

 フェチによる分岐とある意味我儘な守備範囲の広がり。これが特定おっぱいに限らず素晴らしいおっぱいが他にも存在するのを知らしめ、その “住み分け” によって争いが未然に防がれ、他者の存在が認められ、また受け入れられる世界が構築される。

 生きていくための生産性の向上が分岐の先で発達し、優れた技術も精神文化も伴った社会の形成に一役買っているのです。いるのか・・・?

 

 つまり、フェチは生存のための、本能に根差した人類の知恵!

     おっぱいこそ文化の母!